「山水の理路―古茂田公雄が描いた久万高原」展が始まりました。
名勝「面河渓」を描いた作品で知られる洋画家・古茂田公雄(1910-86)。古茂田は、1910年(明治43)に松山市に生まれ、松山中学卒業後、画家を目指して上京。川端画学校や津田清楓の上野洋画研究所に学び、1931年(昭和6)に二科展に最年少で初入選を果たします。1934年(昭和9)より猪熊弦一郎に師事。1939年(昭和14)には新制作派協会展に出品し、翌年には新作家賞を受賞し協友となるなど、将来を嘱望されました。しかし、太平洋戦争に応召、帰国後は家督を継ぐため松山に戻り、以後美術団体には属さず、無所属として制作を続けます。帰郷後、深い想いを抱いたのが郷里の美しい自然、とりわけ重要なモチーフとなったのが面河渓でした。
古茂田の風景画を、美術評論家の洲之内徹は「山水」と呼びました。西洋的な写実を重んじた風景画とは違い、東洋では山水を世俗から超越したしたものの象徴ととらえ、山水画ではその精神性を描きだすことを重視しました。洲之内は、古茂田の作品を「古来日本人の魂の中に生き続けてきた風景の真髄を、古茂田さんは最後まで追い続け、古茂田さん以外の誰にも出来ない表現でそれをとらえた」と評しています。
面河渓の白い岩肌と青い水面が織りなす景色を、古茂田は透徹したまなざしと厳しいまでのリアリズムで描き出します。風景を単に目の前にある景物と考えるのではなく、普遍的な営みをもつ自然の一部として象徴的に描き出そうとしているかのようです。モチーフを岩と水という最小限の要素に限っているからこそ、かえってそれが際立ちます。
今、眼前するものに対して、どれだけ深く観察し、想像できるか。谷川を流れる水、長い時間かけて浸食されて生み出された岩の姿、さらにはそこで営み続けられるであろう未来をも想像し、過去と未来との間の一点として現在の姿を写し留めること。古茂田の山水は、私たちに風景を見る喜びとともに、自然と営みを共にすることの意味を問いかけてもいるのです。
最後になりましたが、本展開催にあたりご協力賜りました関係各位に深く御礼申し上げます。
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「山水の理路―古茂田公雄が描いた久万高原」展
町立久万美術館
2013.4.6~6.23
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